ずっと願ってきた『一度でいいから痩せてみたい』――30代後半のぽっちゃりな私が動き出します

体重測定 ブログ

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ここからは、わたしがずーっとぽっちゃりさんで悩んできたダイエットのことについて、

記事を書いていこうと思っています。

今から10数年以上も前、まだ私も若かった頃に行ったものです。

その名も『ずっと願ってきた「一度でいいから痩せてみたい」――30代後半のぽっちゃりな私が動き出します』になります。

皆さんの目に留めて頂けたら幸いです。

当時の私は30歳も後半になり、生活環境自体がどんどん体を動かすことから遠のいていっていました。

もちろん、これではまずいとわかっていたんですが、それこそ日中の重労働の仕事が日々続いていく中では

運動をする時間もうまくとれず、というより仕事でそれこそ疲れているのに

それ以上に身体をつかって運動をするといった余裕は気持ち的にも持てませんでした。

でも、毎日食べるものはしっかりと

そして大好きなお酒もおつまみもがっちりと

それはそれは自分を甘やかしてと

そういった結果がでてしまって・・・この結果につながったと

だからそんな状況では絶対にやせることはないような

誰もが想像できる状態だったのです。

そして見事に体も横に大きくなっていて

尚且つ心にも悪い影響が出てしまっていると感じていました。

それでもダイエットをしなかったわけではありません。

これまでにそれはそれは涙ぐましい努力をして何度も何度もいくつもダイエットをしてきましたが・・・と

ここからは本題に入る前に軽く私の話に触れてみたいと思っています。

性格

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そもそも私はダイエットにむいていないタイプの人間だと

そうずっと思ってきました。

それはきっとこの性格が影響しているのだとそう決めつけてしまっていたからかもしれません。

私の人生はダイエットではなくても後悔や挫折の連続で、

そのほどんどが『どうせ・・・』とか『仕方ない』で片づけられていた、そんな状態だった気がしています。

ダイエットもそう

先程何度も何度もいくつもダイエットをして来たと話しましたが、目新しいそのダイエット方法に惹かれては20代の頃からちょっと試してみては

失敗しを繰り返し

諦めてはまたやってみるといった感じでダラダラと引きずっていたなと思っています。

そして気づいたらいよいよもう30代に突入し、40代間近となった30代後半になって

果たして私はこのままでいいものか?

このまま変わらないまま歳をとっていったら『私はいつやせるんだ。そもそも年齢があがるにつれやせられなくなるのでは?』と

そう考えるようになりました。

でもその時の私はさすがに大量に好きなものを好きなだけ食べるようになっていたり

仕事で重労働をしているからそれでいいのだと・・・

それをずっと言い訳のようにして、そんな生活を続けていました。

でも自分なりに焦りも感じてはいました。

そしてここにきて『やっぱりこのままではマズいよな』と

そう気づき始めましたが、私はもうすでにその状態から抜け出すことができなくなっていました。

つまりはあまりに考えがネガティブ思考になりすぎたことで柔軟な考えも、物事をうけいれるとこも、受け止めることも

できなくなってしまっていたのだと

そういった状態になってしまっていたのだと思います。

抜け出す

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この機会が起きなければ、私は一生ずっとそのままだったに違いありません。

そうこのある意味ネガティブ思考にとらわれた考えの私が、恐ろしいことにそのままずっと生きていく

何も変わることなくずっとぽっちゃりなままの人生で終わるということ

でもそんなこと望んではいませんでした。

そしてこの度めでたく、そこから脱出できたのにはいつくかの要因がありました。

私はその昔、『30歳までで命を終えよう』とこどもの頃からそう思っていたことがあります。

なぜ30歳なのか?ときかれると

その点はよくわからないのですが、なぜかそう思っていました。

もちろんいじめられたことが発端でそんな風に考えたのだと思いますが、生きることに対して希望が持てなかったということがありました。

そんな人生の中で私は、歳を重ねるうちに色々な人と出会い、別れを経験をしていきます。

はまる

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まずは、これは私の人生を左右するほどのこと・・・そう介護の仕事に出会ったことです。

この仕事程私の天職だと感じたことは今までにありませんでしたし、場合によっては感動する体験もできるといった機会も沢山頂ける、そんな経験はそれまでにはありませんでした。

私と同じように『死にたい』とそう思われている方多く、実際に死と直面している方もおられることもあってと

毎日目まぐるしく生死が入れ替わる場面に遭遇して驚きと悲しみとを味わってと

それまで私にはそんな場面に出くわしたことは今までなく、何もかもがある意味でのショックの連続でした。

そんな右も左もわからずに毎日に振り回される中で、あの目標が私の中から忘れ去られていきました。

そう死んではいられない、もっとこの体験を味わいたい

私はこの仕事に末永くこの環境に自分を置いておきたいと、そう思うようになっていました。

私にとっての介護の仕事とは、いつしか生きがいといえるまでのものになっていました。

ある意味自分を必要としてくれる人がいる

その人の力になることで、自分を諦めることなく受け入れることができるようになった。

そして自分を必要としてくれている人の力に少しでもなれたら、そんな感情が沸いてきて

いつしか私は介護の仕事の魅力にどっぷりとはまってしまっていた、そんな状態でした。

治療

カップル後ろ姿

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自分でもかなり嫌気がさしていたころでした。

20代後半の頃のことです。

もうこれ以上ネガティブになりたくない・・・でも自分ではどうすることもできなくて

誰か私を助けてそう思っていました。

でもその状態からは抜け出せずことはできずに、事は更にドツボにはまっていっていると感じていました。

でもこの時、その底から何か一筋の光が差したようなそんな出逢いがありました。

それまではずっと拒んでいたことでしたが、それを知ったことによってここでがらりと気持ちが前に進んだと感じました。

これは再三あがいてきて変われなった私にとっては、とても驚くことでもありました。

きっかけは、20代後半で恋をしたことでした。

人を好きになったことで、今までの投げやりなときに恋をした私とは違って

ちゃんと相手に向き合いたいとそう思えるそんな感覚を始めて持てた恋だったのです。

これは今までに感じたことのなかったことだったため、とても戸惑いました。

たぶん今までにそういった人とは出会っていなかったからだとそう感じています。

それとともに、このままの私ではいけないと今までずっと、それで散々失敗してきて

この状態で行けばまたこれまでと同じような結果に陥(おちい)ると、そう理解できたことで絶対に今回はそうしてはいけないとなぜかそう思ったのでした。

そして色々考えた結果、私はとある心療内科のクリニックに行くことを決意します。

最初は心療内科?こういった通院の経験もないことから、かなりな不安を感じていましたが

いざ通院してみると治療は何のことはないものでした。

まずは医師と話をし(問診)、それから薬の処方をしてもらって終わりといった形です。

心療内科ってもっとこう医師と患者が親身になって、問診を繰り返してアドバイスとかもらってとかそういったイメージでいたので

これが心療内科の通院なのかな?と疑問もありましたが、しばらくはそのクリニックに通院していました。

その時私が思ったのは、この病の通院はどのくらい治療がつづけらるのか?ということでした。

思うに、通常の医師が『これで治りましたよ、治療は終わりです』とそういってくれるのものだと、そう期待していたのです。

ところがネットの情報をみるとそういった病気は、『完治するということはない』とそう書かかれ

尚且つ、ぶり返すと

つまりは再発するとそう書かれているものもありました。

それをみて『医師から病気はもう治ったから通院しなくていいよ』との言葉は聞けないんだとショックはありましたが、通院を途中で自己判断でやめるわけにはいかずに通院はちゃんとして

薬ものんで様子を伺ってみることにしました。

話の途中でしたが、

ここで皆様が気になっておられるのでは?と思ってお話を致しますが、そのあと恋をした相手とはどうなった?と思っておられるのではと思いますので・・・

今までには感じたことのない感情を持ったこの恋には、思っている以上に悩みました。

何せ実際、病気と向き合いながら付き合っていくことは到底そんなに器用じゃない私にとっては、非常に難しいと自身で感じていたからです。

相手には心の病のことはふせて伝えられませんでしたが、結局は別れるという選択をしました。

自分がそんな病気にかかっていると伝えたら嫌われるだろうと思っていたし、それでももし相手に知られたときに受け入れてもらえないんじゃないか?と

そう思ってしまったため、知られる前に終わりにしようとそう思いました。

でもその泣く泣くの行為が、このあとの私にきちんと病と向き合うことへのきっかけとなりました。

ダイエット

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心の治療を続けていくことで、少しずつ念願だったポジティブの方向性に考え方が向いていけるようになっているかな?と感じていくことで

確実にそれは、プラスのものを引き付け巻き込んで進んでいけているような、そんな気がしていました。

そしてこれまで散々失敗してきたダイエットについても、避けることなく

気楽に考えられて取り入れようとする

そんな考えも生まれてきました。

以前の私ならば、『また同じことを繰り返すの?』

『絶対にやっても無理だろう?!』

『また体をこわしてしまうのでは?』といった不安で足踏みして

結局やらずに終わってしまうと

そういった感じで『やせたい』という私の希望は夢でしかないと思っていました。

ただ、ここ最近の私であれば、

ちょっと気軽にやってみようか?

『まあ失敗したら別にそれはそれと割り切ればいいのでは・・・』

『少し試してみてもいいかな?』

『それがダメならまた別のものをやればいいや』ぐらいの感覚になっていました。

もうこの時点で、心の病は大分回復したといってもよい状態になったのでは?とそう感じられていましたが、

このところの自分の考え方の変化からもわかるように、私にはもうあの酷く落ち込んでしまっていた時の死にたい願望は思い浮かぶことなく

それこそそれが半来の私であったかのように、生活をすることができるようになっていたのだと感じていました。

もちろん

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このことも多分、抜け出すことに一役かったものとそう考えている1つでもあります。

それは支えてくれるものの存在、

当時好きになった人や

結婚した夫

そして家族

そういった私を取り巻く人々の私への関わり方のおかげで、少しずつ

わたしの人生はまともな方向に進めるようになっていました。

こと結婚した夫に関しては、当初はかなりしんどい思いをさせていたと実感しています。

自身の考えや思いを伝えるのが苦手な私は、悩みをひたすら抱えてしまって

何もいえない=ストレスで一杯⇢精神不安定

この悪い循環を繰り返して、喧嘩をひとたびすれば一言も口をきくこともなく

過ごしてといった状況を繰り返していましたから。

夫は何とかしたいと思いつつも、どうすることもできない様子

それにも増して嫁姑問題や夫と母親との関係といった点ぎくしゃくしていて

自宅で休める場所はありませんでした。

でもそんな中でも、何もいわずに見守ってくれ時折ドライブに遠出をしたり

デロ酔いするまで飲んだりと

私の意向にそった生活を一緒に

寄り添ってしてくれていたことに、やがて気づいていきました。

そのおかげもあって、心の病は順調に良くなっていきました。

その結果

もう34歳、来年には35歳になってしまう

いわゆる30代後半ともなればそろそろ、健康診断といったものに引っ掛かるそんな年齢にもなってきていました。

無論とにかくヤバい

このままでは、つまりはこのぽっちゃりのままではマズいとそう思っていました。

30代も後半といえば、もう体力的にもだだ下がりの頃

食べても動いても代謝は落ちまくっていて、その状況でたくさん食べれしまえばそれだけ

体に余分な肉としてついていくでしょう?

やっとまともな精神状態の人生の路線に戻れた私は多分、こう感じていたのはきっと心の治療も進んだことで余裕ができたのだと想定されました。

それに20~30代の頃とは違って仕事にも余裕ができて実力もついて、心の病も再発もなく

結婚もできたおかげということも良き方に向かってきたものと思いますが

はたと我に返って

『私ってこのままでいいのか?』

つまりは『一生このぽっちゃりなままでいいのか?!』・・・『やっぱり一度でいいからやせてみたい』

そういった感覚がフツフツとわいてきていているのを感じていました。

そうなるともう『何でもやってやろう』とそういった雰囲気にもなるものです。

この先5年もすれば、40歳を迎える

その前にやらなければ

今やらなければ絶対にこの先はもうこういった考えもチャンスも、私には訪れないかもしれない?と

その時なぜか今だ今しかないんだと、そう思う私が存在したのです。

あれほど散々失敗してきたはずの『ダイエット』

そう諦めたはずのそのダイエットをこれまた私は、この後ことになりますが果たしていったいどうなることやら。

こんごはわたしがたどったダイエットまでの生い立ちや苦悩、感じたこと

考えにいたるそのすべてを書きしめしていきたいと思っています。

どうぞ今後の皆さまのご参考になればとそう思っています。

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